我々は米テロの犠牲者

韓国の反米・反戦運動圏で用いられた代表的なスローガンで、在韓米軍と米国の対外政策を「テロ」と規定する政治的スローガンである。

我々は米テロの犠牲者

概要

「我々は米テロの犠牲者」は、2000年代以降に韓国の反米・反戦・平和運動陣営で使われた代表的な政治スローガンである。米国の対外軍事政策と在韓米軍の存在を「国家テロリズム」の文脈で規定し、その被害者として韓国民衆を位置づける主張を圧縮した表現である。このスローガンは特定団体の公式綱領というより、集会・デモの現場で登場したスローガンであり、韓国社会の対米認識と安全保障言説の葛藤を象徴的に示している。

主な内容

表現の性格と背景

この文句は、「我々(韓国民衆)」を主体に、「米国」を加害者に、「テロ」を行為の性格に、「犠牲者」を結果的立場に配置したスローガンである。すなわち、米国の軍事的介入と在韓米軍駐留、戦時作戦統制権問題、大規模軍事演習などを「テロ行為」と同一視し、それによる韓国人の被害を強調する叙事構造を有する。文法的には名詞句の形をとる断定的な宣言文であり、感情的訴求力とスローガンとしてのリズムを併せ持つよう設計された。

登場の背景

2002年の米軍装甲車による女子中学生死亡事件(いわゆるミソン・ヒョスン事件)とそれに伴う反米デモ、2003年のイラク派兵反対運動、2008年のろうそく集会などは、このスローガンが大衆的に拡散する契機を提供した。その後も、韓米合同軍事演習反対、THAAD(サード)配備反対、在韓米軍基地の移転・返還問題など、先鋭的な懸案ごとに類似の表現が再登場した。

使用主体と拡散経路

主に大学の運動圏、進歩志向の市民団体、平和・統一運動団体、一部の労働・社会団体が集会現場でこのスローガンを使用した。オフライン集会でのスローガン唱和、横断幕、ビラ、壁ポスターなどの印刷物を通じて拡散し、インターネット普及以後はコミュニティ・カフェ・SNSを通じて再生産された。

論争と批判

この表現をめぐる論争は先鋭である。支持側は、米国の軍事的介入が実際に民間人被害を生んだという点を根拠に、「被害者」規定の正当性を主張する。一方、批判側は、在韓米軍が韓国の安全保障に寄与してきており、韓米同盟が経済・外交的利益を提供したという点を挙げ、同盟国を「テロリスト」と規定することは事実の歪曲であり反米扇動だと反論する。特に「テロ」という用語は国際法・学術的に定義が論争的な概念であるため、これを同盟国に適用すること自体が政治的修辞だという指摘が多い。

関連事件

  • ミソン・ヒョスン事件(2002年)と反米ろうそくデモ
  • イラク派兵反対運動(2003~2004年)
  • THAAD配備反対運動(2016~2017年)
  • 韓米合同軍事演習反対デモおよび基地返還問題

最近の動向

2024~2025年基準で、このスローガンは過去ほど大衆的に拡散してはいないが、韓米日安全保障協力の強化、拡大抑止の議論、北朝鮮の核・ミサイル挑発に対応した合同訓練拡大などの流れの中で、進歩・平和運動陣営のオンラインコンテンツに再登場している。同時に、世代交代により伝統的な反米スローガンの訴求力が弱まったという分析と、パレスチナ・ガザ情勢など国際紛争イシューと結合し「反戦・反帝国主義」の枠組みへ再編される傾向が観察される。SNS・ショートフォームプラットフォームでは、原文のスローガンより変形したミーム(meme)の形で流通する場合が増えた。

一方、学界ではこのスローガンを、冷戦以降の韓国社会における反米言説とアイデンティティ政治が交差する事例として分析し、安全保障・同盟言説と人権・平和言説が衝突する地点を示すテキストとして扱う。

関連トピック

  • [[주한미군]]
  • [[한미동맹]]
  • [[반미주의]]
  • [[미선·효순 사건]]
  • [[사드 배치 논란]]